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2007年12月30日 (日)

NASCAR:トヨタモータースポーツニュース 2007年アメリカにおけるモータースポーツ活動

Toyota_2 アメリカにおけるモータースポーツ活動
Motorsports in U.S.A.

1_2 TMSモータースポーツ担当副社長でTRDUSA社長兼CEOのジム・オースト。

2_2 NASCAR最上位クラスのネクステルカップに日本車メーカーとして初参戦。

 2007年はトヨタ自動車がアメリカに進出して50年目。モータースポーツ活動を始めて25年だ。この記念すべき年に、トヨタはアメリカで最も大きな人気を誇るNASCARシリーズの最高峰ネクステルカップとブッシュシリーズに、アメリカにおけるベストセラー車であるカムリを投入、その歴史に新たなる一章を加えた。その他にも、アメリカ全土で行われたGrand-Am、USAC、NHRA、オフロードレースなど6つのカテゴリーに参戦し、いくつもの貴重な勝利を収めている。
 トヨタのアメリカにおけるモータースポーツ活動を支えるのは、カルフォルニア州コスタメサとノースキャロライナ州ムアーズビルを拠点とする、米国トヨタ自動車販売(株)(TMS)の子会社であるTRD U.S.A. INC., (以下TRD-USA)。TRD-USAは、北米のレース部門としての役割を担い、レーシング・エンジンの設計・開発・組立てなどを行うと同時に、トヨタ車を使ってモータースポーツ活動を行うチームに技術的な支援を行っている。また、TRD-USAは市販車の性能を向上させるための部品の販売に加えて、底辺レースを行うトヨタ車のために高性能なアフターマーケット製品の販売も行っている。

 トヨタのNASCARネクステルカップとブッシュシリーズへの出場は、07年のモータースポーツ界で最も注目を集めたニュースだった。アメリカで急成長を遂げているNASCARは7500万人を上回るファンを集め、アメリカン・フットボールに次ぐアメリカ第2位のスポーツ人気を誇っている。トヨタのNASCAR参戦拡大と同時に、テキサス州サンアントニオの新しい工場で生産されたタンドラの新型フルサイズ・ピックアップトラックの販売が始まった。ピックアップトラックは、NASCARファンが好むタイプの車両でもある。「NASCARはアメリカにおけるレースのトップシリーズであり、ネクステルカップとブッシュシリーズにカムリを投入して、成長を続けるトヨタがその活動の幅を広げることは自然な成り行きだった」とTMSモータースポーツ担当副社長でありTRD-USA社長兼CEOを務めるジム・オーストは言う。

 07年はカムリがNASCARに出場した初シーズンであったが、トヨタは00年にV6エンジン搭載のセリカでグッディーズ・ダッシュ・シリーズに出場以来、NASCAR参戦を続けている。03年にはドライバーのロバート・ハフマンが10勝を果たし、トヨタは初のNASCARのチャンピオンに輝いている。タンドラは04年からNASCARのクラフツマン・トラック・シリーズ(NCTS)に出場しており、06年にはトッド・ボーダインがドライバーズ・チャンピオンシップを勝ち取り、同時にトヨタはマニュファクチャラーズ・チャンピオンになった。

< ネクステル・カップ・シリーズ >
 07年のNASCARは、シーズンで最も重要な2月のデイトナ500で開幕した。厳しい戦いが予想されるシーズンだったが、ビル・デイビス・レーシング、マイケル・ウォルトリップ・レーシング、チーム・レッドブルの3チームが、新しいカムリでデイトナの開幕戦に出場した。なかでもいちばんの経験を誇る、20年近くNASCARに出場しているビル・デイビス・レーシングは、ベテランドライバーのデイブ・ブレイニー(No.22 Caterpillar Toyota)とジェレミー・メイフィールド(No.36 360 OTC Toyota)を起用して2台のカムリで出場。

 デイトナ500で2回の優勝経験を持つマイケル・ウォルトリップはみずからのチームを立ち上げ、元シリーズ・チャンピオンのデイル・ジャレット(No.44 UPS Toyota)、ルーキーオブザイヤー候補のデビッド・ロイティマン(No.00 Domino's/Burger King Toyota)、そしてウォルトリップみずからがハンドルを握って(No.55 NAPAAuto Parts Toyota)、07年ネクステル・カップに3台のトヨタ車で挑んだ。
 チーム・レッドブルもまた、ブライアン・ヴィッカーズとA.J.アルメンディンガーのふたりの若手ドライバーを起用し、07年NASCARデビューを果たした。NASCARネクステル・カップに初挑戦したレッドブルだが、世界のエナジードリンクのトップブランドであるこの会社は、F1を含む全世界の様々なモータースポーツのスポンサー活動を行っている。

3  ネクステルカップのタラテガ500でポールシッターとなったウォルトリップ。

4  タラテガ500ではブレイニーが3位完走。
07年シーズンの最高位を記録した。

 ネクステル・カップ出場のために、TRDは2種類のクルマの開発を行った。シーズン開幕戦を戦った「現世代」のクルマと、「Car ofTomorrow」と呼ばれる新スペックのレースカーだ。このクルマは07年にも数戦で使われたが、08年から本格的に使われることになる。
 ネクステル・カップとブッシュ・シリーズの初挑戦の07年は、TRDの予想どおりチームは苦戦を強いられたが、実際のレースの戦いをとおして様々なことを学んだ一年でもあった。しかし、数々のサクセスストーリーもあった。ネクステル・カップ・シリーズでは、ブレイニーがトヨタ初のポールポジションを獲得、このシーズン序盤のニューハンプシャーのレースではスタートから30周をリードし続けた。ヴィッカーズとブレイニーの両ドライバーはトップ10フィニッシュを4回記録しており、ウォルトリップもそれに2回を付け加えた。

 トヨタの初のネクステル・カップ・シーズンは、NASCAR最大のサーキットで全長2.66マイルを誇るハイバンク・オーバル・コース、アラバマ州のタラデガ・モーター・スピードウェイで頂点を迎えた。ウォルトリップがポールポジションを獲得、ブレイニーも2番手の予選タイムを記録して、トヨタがトップ6のうちの5つのスタート位置を占めた。ブレイニーは3位で完走し、カムリでの07年最高位フィニッシュを達成。また、ウォルトリップもレース後半のアクシデントで順位を落とすまでは首位を走り続けた。「重要だったのは、我々が常に前進を続けたこと」とオーストは語る。「日本語で言う“改善”、すなわち常に改良を重ねる努力を、我々は07年シーズン何よりも目指した」
 07年シーズンも終焉を迎え、すでに08年への期待は高まっている。NASCARのエリートチームのひとつであるジョー・ギブスが、すでにカムリによる08年の出場契約を交わしており、2回のシリーズ・チャンピオンであるトニー・スチュアート、デニー・ハムリン、カイル・ブッシュの3人のドライバーがトヨタ車で戦うことになる。また、元F1チャンピオンであり95年インディアナポリス500の優勝者でもあるジャック・ビルヌーブも、来年はビル・デイビス・レーシングからカムリで出場する。

< ブッシュ・シリーズ >
NASCARの1カテゴリーであるブッシュ・シリーズは、ネクステル・カップと同じようなクルマで戦われるが、レースの走行距離は短く、比較的経験の少ないドライバーによって戦われる。このシリーズでも、ブラウン・レーシングとマイケル・ウォルトリップ・レーシングがシーズンをとおしてカムリを出場させた。経験を積むことを主眼に出場したロイテマンは、MWRからAaron'sDream Machine Camryで参戦、一方のジェイソン・リフラーはGreat Clips Camryでブラウン・レーシングから出場した。ベテランのブレイニーとヴィッカーズは、交代でブラウン・レーシングの2台目のカムリのドライバーを務めた。
 ブッシュ・シリーズではトヨタ車で参戦するチームがスタート早々から競争力の高い戦いを見せた。このシリーズでは、クラフツマン・トラック・シリーズ用に開発されてきたエンジンと非常に似かよったものが使われている。デイトナでシーズンが開幕すると、すぐさまトヨタ車は高い戦闘力を発揮した。
 リフラーはこの伝統のサーキットのフロントロウの外側からレースをスタート。一方、ブレイニーはこのシーズン開幕戦で2位入賞を果たした。その1週間後、ブレイニーがカルフォルニア・スピードウェイでブッシュ・シリーズにおけるカムリ初のポールポジションを獲得。リフラーも後にデイトナとブリストル・モータースピードウェイでポールポジションを勝ち取っている。

 インディアナポリスのオライリー・レースウェイで優勝を果たし、ブッシュ・シリーズで初めてカムリを優勝へと導いたのはリフラーだった。「初めてカムリを優勝させたドライバーになれるなんて、すごいことだ」と優勝後のインタビューでリフラーは語っている。

< クラフツマン・トラック・シリーズ >
 クラフツマン・トラック・シリーズでの2回目のマニュファクチャラーズ・チャンピオンシップを目指すトヨタは、シーズン序盤の4レースで優勝するという最高のスタートを切った。
 スリリングなデイトナのシーズン開幕戦では、ジャック・スプレイグがポールポジションからスタートを切り、レースの最終ラップの最終ターンを2番手で抜けた。しかし、同じタンドラで戦うジョニー・ベンソンの後押しで優勝へ。トヨタにとってもスプレイグにとってもNASCAR最難関のデイトナでの優勝は初めての経験だった。
 デイトナでのスプレイグの勝利に続き、元クラフツマン・トラック・シリーズチャンピオンであるマイク・スキナーがビル・デイビス・レーシングのタンドラで3連勝を果たした。また、このシーズン中にスキナーは6回連続でポールポジションも勝ち取っている。
 トッド・ボダインとベンソンもまた、勝利のチェッカーフラッグを受けたドライバーだ。ベンソンはシーズン中盤の7週連続のレースで3回の優勝を果たし、一方、ボダインはタラデガのレースをポールポジションからスタートし、今年2度目の優勝を果たした。
 このシーズン、4レースを残す段階で、タンドラのドライバーが11勝を記録し、トヨタはクラフツマン・トラック・シリーズで2年連続のマニュファクチャラーズ・タイトルを獲得した。ブッシュシリーズのクロガー200で5番グリッドスタートのリフラーが快走。リフラーは残り2周でビッフルを抜きトヨタ車にシリーズ初優勝をもたらした。

< NASCAR参戦に関連して >
 07年のNASCARシリーズでは数々の勝利を収めたトヨタだったが、サーキット以外でも重要な動きがあった。これは、トヨタが腰を据えてNASCARに取り組んでいこうとしているだけではなく、このシリーズでの長期にわたる成功を目指すトヨタの姿勢の表れだ。
 トヨタとTRD-USAはシャーロットの近くにNASCARの支援施設建設のために89エーカーの土地を購入した。この土地に3万-3万5000平方フィートの施設が建設され、TRD-USAのNASCARコンペティション・グループとシャシー・エンジニアリング部門が収容される。完成後は、40-50名の従業員がこの新しい施設で働く。08年の終わりまでには工事が終了する予定だ。
 TRD-USAはまた、Wind Tunnel eXtreme(WTX)とメンバー契約を交わしている。これによって、09年にシャーロット・エリアに開業予定の最先端風洞の利用が可能となった。これで、これで、他の風洞施設と併行して、複数のクルマのテストを同時に行うことができるようになる。

[ 2007年 その他のモータースポーツへの取り組み ]
 07年のアメリカのモータースポーツ活動の中心となったのはトヨタのNASCAR参戦拡大だったが、もちろん、他にも様々な出来事があった。アメリカにおける25年間のモータースポーツ活動をとおして、トヨタは様々なレースで豊かな伝統を育んできた。

< Grand Am シリーズ >
 07年シーズンも、恒例となったGrand Amシリーズのロレックス・デイトナ24時間耐久レースからトヨタは活動を開始した。レクサスがデイトナ・プロトタイプのタイトル獲得を後押しし、アメリカのスポーツカーレースを代表するこのレースで、チップ・ガナッシ・レーシングがレクサスで2年連続の優勝を勝ち取った。ドライバーのスコット・プルエット、ファン・モントヤ、サルバドール・デュランは、長い歴史を誇るこのレースでも滅多に見られない独走優勝を飾った。
 ガナッシ・レクサスは燃料補給、タイヤ交換、ドライバー交代以外のピットインは一度もせず、スタート3時間後には首位へ、そして残りの21時間、一度もトップ3からこぼれ落ちることがなかった。

 ロレックス・デイトナ24時間耐久レースで記録的な7回目の優勝を果たしたレクサスとトヨタのドライバーのプルエットはその後、ロレックス・シリーズの最多優勝者となる快挙を果たした。デイトナでは、4人のインディアナポリス500優勝経験者(モントヤ、エリオ・カストロネベス、サム・ホーニッシュJr.、ダン・ウェルドン)、そして元トヨタのインディカーのドライバーでシリーズ・チャンピオンでもあるスコット・ディクソンという最高のドライバー・ラインナップでレクサスは戦った。
 プルエットとガナッシ・チームはこのシーズンを2位で終えた。また、マイケル・シャンク・レーシングから出場したペアが総合7位と8位でシーズンを終えており、これでレクサスはこのシリーズのトップ8チームのうちの3つの位置を占めることになった。

< NHRA >
 どのレースでも全体的な速度は高かったが、直線の速度とドライバーの反応時間が最も重要視されるのはドラッグ・レーシングだ。また、トヨタのサイオンが、最近アメリカの30歳代以下のファンに人気のナショナル・ホット・ロッド・アソシエーション(NHRA)スポーツ・コンパクト・レーシング・シリーズで勝利を収めた。サイオンtCドライバーのブラッド・パーソネットが今年のNHRAで圧倒的な力を誇り、7回のレースで優勝を果たして3年連続のPro RWD世界選手権優勝を果たした。タイタン・モータースポーツでパーソネットのチームメイトであるゲイリー・ホワイトもサイオンtCで勝利を収め、チャンピオンシップ2位でシーズンを終えている。ふたりは、RWDクラスの10レースで8回の優勝を収めた。「今回の選手権の結果には、本当に満足している」とパーソネットは言う。「シーズンをとおして、クルマには様々な手を加えてきたので、3度目の優勝が果たせて嬉しい。サイオンのスタッフの助けがあったからこそ達成できたと言える」

 大成功を収めているのはRWDクラスだけではない。サイオンのケニー・トランが“ホットロッド”クラスのチャンピオンを懸けてシーズン最終戦を戦う。テキサス出身のトランは3回の優勝経験があり、07年は7回ファイナルまで進出している。サイオンのレスリー・アルメンダリスも“オールモーター”クラスでシリーズ・チャンピオンを狙って戦っている。
 スポーツ・コンパクトでも、07年は数多くのトヨタ車が優勝を果たしている。スコット・ケリーはトヨタ・カローラで“オールモーター”カテゴリーにおいて優勝、ダリン・ディチャラは3回クラフツマン・トラックシリーズではスキナーがドライバー部門シリーズ2位。スキナーは12ポールポジション、5勝という輝かしい戦績をトヨタで残した。優勝を果たして“スポーツRWD”イーストコースト・シリーズのチャンピオンに輝いている。ジョン・ブリーゼはトヨタ・タンドラを“スポーツRWD”カテゴリーの勝利へと導いた。

< オフロード・レース >
 07年はオフロードでもトヨタは活躍、ジョニー・グリーブスがトヨタ・タンドラでワールドシリーズ・オフロードレーシング(WSORR)PRO 4×4選手権に優勝した。グリーブスとトヨタにとって、3年連続のシリーズ制覇だった。グリーブスはまた、タンドラのリック・ヒューズマンとコンビを組み、チャンピオンシップ・オフロード・レーシング(CORR)のショートトラック・イベントで9回の選手権のうち3回で優勝を果たした他、ショートコース・オフロードレース最大のボルグ・ワーナー・ワールドチャンピオンシップ・マニュファクチャラーズ・シュートアウトも制している。< USAC ミジェット・シリーズ >
 07年、トヨタはUSACミジェット・シリーズ参戦2年目を迎えた。06年のデビューの年はトヨタ・エンジンで参戦した唯一のチームであるスティーブ・ルイス9 Racingチームが、トヨタの初のUSAC優勝を果たした。今年はミジェット・プログラムが拡大され、Cruz Pedregon Racingも参戦、トヨタ・エンジンを搭載した第2のチームとしてすぐさま勝利を達成した。フル参戦ではなかったものの、NASCARクラフツマン・トラック・シリーズとARCAにトヨタで参戦するジョッシュ・ワイズがこのチームで2回の優勝を果している。9 RacingもUSACポイントでトップ5にランクインしているデイブ・ダーランドとともに再びビクトリーレーンへと戻ってきた。
 また、トヨタは2年連続でUSACのトヨタ・チャレンジをスポンサーしている。これは、「選手権の中の選手権」で、トヨタがスポンサーする3レースに対してポイントが与えられるというもの。このトヨタ・チャレンジはトヨタ車のみならず、すべての選手が参加できるもので、キース・クーン・モータースポーツが優勝した。

 サーキットでのレースはトヨタのモータースポーツ活動のひとつでしかない。トヨタは、全米のあらゆるモータースポーツイベントにスポンサーとして参加し、幅広いファンを得ている。中西部から南部に広がるショートトラック(eshort-track bullringsof the Midwest and South,)、傾斜のあるNASCARのオーバルコース、南カルフォルニアのストリート・コース、アメリカ全土に広がる景色の良いロードコースなど、アメリカならばどこでもトヨタのモータースポーツ活動を見る機会がある。< イベントのスポンサード >「レースやサーキットをスポンサーすることによって、我々のパフォーマンスのイメージや全米に広がる熱狂的なファンとのコネクションをより良いものにできる。また、多くのコミュニティーにポジティブな印象を与える機会にもなる」とトヨタ・ナショナル・モータースポーツマネージャーのレス・アンガーは言う。「このようなスポンサー活動によって、我々は熱狂的なNASCARファンだけではなく、チャンプカーやUSACやスポーツカーレースのファンにも訴えることができる」

 トヨタのスポンサーシップは、トヨタ・グランプリ(カリフォルニア州ロングビーチ)、トヨタ/セーブマート300 NASCAR(カリフォルニア州ソノマ)、トヨタ・タンドラ200 NASCARクラフツマン・トラック・シリーズ(テネシー州ナッシュビル)、NASCARオールスター・ショーダウン(カルフォルニア州アーウィンデール)などの、アメリカの有名なレースイベントにまで拡大するほどに成長した。07年にはインディアナポリスのオレイリー・レースウェイパークの「トヨタ・ナイト・ビフォー・ザ500」ミジェット・レースやアメリカGPの前に開催される「トヨタUSACレーシング・クラシック」などがあった。
 またトヨタ車は、ロウズ・モーター・スピードウェイ(ノースキャロライナ州シャーロット)、ロードアメリカ(ウィスコンシン州エルクハート・レーク)、ワトキンス・グレン・インターナショナル・レースウェイ(ニューヨーク州ワトキンス・グレン)、ナッシュビル・スーパースピードウェイ(テネシー州ナッシュビル)、ウィロー・スプリング・レースウェイ(カルフォルニア州パームデール)、インフィネオン・レースウェイ(カリフォルニア州ソノマ)のオフィシャルカーとして採用されている。

 これらの活動はすべて、トヨタが33年間スポンサーを続けている“The Roar On The Shore”と呼ばれる、トヨタ・グランプリ・オブ・ロングビーチから始まった。トヨタとグランプリ協会はタイトルスポンサー契約を10年まで延長することに合意した。
 75年の第1回のグランプリでトヨタがペースカーを提供して以来、ロングビーチのイベントでのトヨタの存在は年々大きくなり、80年にはこのイベントや人気のトヨタプロ/セレブリティ・レースのタイトルスポンサーになるまで成長した。プロ/セレブリティ・レースにはスポーツ界や芸能界から数々の有名人が参加し、今年は映画監督のジョージ・ルーカスやテニス・プレイヤーのマルチナ・ナブラチロワなどが参加した。
 スポンサーシップが消費者に訴えかける唯一の方法と考える人も多いが、トヨタはスポンサーシップを活かして、社内の士気やチームワークの改善にも取り組んでいる。
 ナッシュビル・スピードウェイで開催されるNASCARクラフツマン・トラックシリーズ・トヨタ・タンドラ200が最も良い例だろう。このサーキットは、トヨタのいくつかの工場から車で行ける距離にあり、今年は6500人のトヨタ従業員とその家族が集まった。

 ワトキンス・グレンとソノマのNASCARレースにも、数多くの地域のトヨタグループから参加があった。また、カリフォルニア州トーランスのTMS本社におけるドライバーを交えた伝統のモータースポーツ・デーも成功裏に続けられており、同様のイベントが全国の工場でも行われている。「社員の士気を高め、ビジネスを盛り上げるにはレースは最高の手段だ」とアンガーは言う。「全米には3万2000人の社員が、そしてトヨタとレクサスのディーラーでは11万人以上の人々が働いている。彼らの力が我々を成功へと導いてくれていることを、忘れずにいたい」トヨタ・モータースポーツ _ “Our Minds Are Always Racing”

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ジャック・ビルヌーブの2008年NASCARスプリントカップへの参戦計画は未だ正式には発表されていません。 [続きを読む]

受信: 2007年12月30日 (日) 21時29分

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